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~ジュエリーグッツとファインジュエリー~

宝石の裏側vol.8
~ジュエリーグッツとファインジュエリー~


 世間に出回っているジュエリーのうち、ジュエリーグッツと呼ばれても仕方ない物があります。それは購入してから半年も経たないうちに、それに対する感動も嗜好も色あせ、着けて楽しむどころか眺めて思いをめぐらす事すらしなくなってしまう物です。つまり飽きてしまったジュエリーの事で、これを宝飾雑貨と呼びます。

  『Garden』

 一般的にメーカーの量販企画で、機械造りされた量産ジュエリーのほとんどがこの手のものです。メーカー間の価格競争下でコストダウンを余儀なくされた製品群のほとんどがこの雑貨としての運命をたどる事となります。この種の製品は百貨店や宝石専門のチェーン店で、集客力を高めるための目論みによる、客寄せパンダとして頻繁に登場します。これらは製品化されてしばらくは新鮮なイメージで店頭に迎えられるが、まもなくメディアの宣伝やチラシ広告に客寄せ品として登場しだすと、瞬時にしてジュエリーとしての存在価値を失いはじめます。その結末は皆の知るところでしょう。

・・・つづく。





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FAILED -落ちていく-

FAILED -落ちていく-


 例えば喜平と呼ばれる金のチェーンは、もともと人の身体のラインにしっとりと合い、ペンダントを下げてもその重さに良く耐えて、落ち着いた雰囲気をかもし出すものでした。さらに加えてそのデザインも、使用感触も、強度も、宝飾チェーンの中では最高傑作のものであったと言って良いでしょう。
 これがひとたび客寄せの企画品として価格競争の舞台に乗せられると、<価格の安さを競う>という商魂上の大役のために、今まで持っていたジュエリーとしての好感度のイメージを壊され、それまで維持していた品格を失ってしまったのです。しかも単なる価格競争にとどまらず、催事のための客寄せ企画品にノミネートされると、不幸にも元来持っていた流通価格をも無残に否定され、当座の撒き餌の価格に落とされてしまうのです。
 このように喜平チェーンは本来提供してきた優れたジュエリーとしての調度性を隠ぺいされて、その日の地金相場で振り回される落ち着きのない不安定なジュエリーグッツにさせられてしまいました。それを胸に下げる人もまるでその日の金相場や質札を身体に着けているかのようなイメージを与えられるに至ってしまったのです。


  『next season』

 今となっては喜平チェーンを身に装っているお洒落が、着けている本人にも周りの人にも、なんのときめきや共鳴を与えず、逆に無味乾燥でかえって着けないほうがその人の品性を保てるという実情です。これは喜平チェーンがいかに駄物品になってしまったかという証拠であるとも言えます。
 実際に装った時にその人の品性が高まるものを、ジュエリーと呼び、品性を高めなくなったものを宝飾雑貨といいます。他の生活用品はどうあれ、ジュエリーだけは着けた時、品位や品格を高めるものを買い求めるべきです。着けて品位を落としてしまうようなものは、自分をディスカウントしているようなものです。
 店頭の客寄せ商品や紙上ショッピング、TVショッピング、カタログショッピング等で、客寄せの為の価格競争の先兵に使われた淡水真珠のネックレスもまた、喜平チェーンと同じ憂き目になっています。カジュアルなジュエリーとして位置してきた淡水真珠も安さを競うあまり、今では景品のひとつに成り下がってしまいました。このような景品を首から下げてTV画面に登場する社会的知名度の高い婦人も時々いるが、それによってその婦人の品格が疑われたとしてもその婦人のせいではありません。

・・・つづく。





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CHANGE -変わる-

CHANGE -変わる-


 商魂の具に扱われた客寄せの企画商品は、価値を失った雑貨品に行き着くのがその運命です。また量販企画にのって生産された機械作りのキャスト品もまた早晩、一般的でどこの宝石店でも並んでいる無味乾燥の宝飾雑貨にならざるを得ません。そして大量に出回ると、そのジュエリーがはじめに持っていた新鮮味が薄れるだけでなく、価格も値下がりして出回る事になります。目新しさが薄れ、価格が下がると、これに比例して当初そのジュエリーに抱いていた個人的な想い入れの価値が風化してしまうのです。

  『next season』

 催事用の客寄せ企画商品、量販商品、そして大量に流布される定番商品は、所有者や使用者の私的で主観的な価値が色あせた時、即座に宝飾雑貨に転落してしまいます。それらはもはやジュエリーとしての価値を、単なる地金相場との兌(だ)換性としてのみ表現するものになります。つまり質札としての社会流通上の交換価値のみを有する物品となるのです。
 どれほど豪華絢爛たるジュエリーも、ひとたびオーナーから嫌われ突き放されると大変惨めです。それらはデザインと技術によって支えられていたジュエリーの世界から見放され、単なる地金と裸石の市場相場かそれ以下に見下される宝飾雑貨となります。

・・・つづく。





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SUPPLY -与えてくれる-

SUPPLY -与えてくれる-


 ジュエリーをエターナルな恒久品として持ち続けようとするならば、いつまでも私的な思い入れや、個人的なストーリーを、色あせることなく醸造してくれるキャパシティーを持つジュエリーを手に入れる事です。
 このようなジュエリーをファインジュエリーと称します。ファインジュエリーは、良いストーリーを抱合していて、さらに新しいストーリーを生み出す力が備わり、オーナーやユーザーに対し、楽しみや、充実や、リフレッシュなどの力を与えてくれる真実の物です。


  『ハーベスト』

人が本物のジュエリーに行きつくためにはまず三つの心構えを必要とします。

予算を明確にたてる事。

目的を明確にもつこと。

割引操作に惑わされないこと。


・・・つづく。




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RUINOUS -成れの果て-

RUINOUS -成れの果て-


 ジュエリーを買い求め、後になって失望感に悩まされるのは、衝動買い、付き合い買い、見栄買いなど自分自身の放漫な消費態度が原因であることが多い。ジュエリーを買い求めるときに、そのジュエリーとの最初のストーリーが出来上がります。したがって最善のストーリーでジュエリーと出会い、最善のストーリーでそれを買い求めることが何よりも重要なことです。
 亭主の浮気の腹いせにジュエリーを買い求めれば、その時の不快感のストーリーがジュエリーに刻印されてしまうのです。
 飽きてしまってリフォームやリメイクに持ち込まれるジュエリーのほとんどが付き合い、見栄、衝動的に買い求めた商品です。良いストーリーを持っていないジュエリーがどんな惨めな状態になるかは枚挙にいとまがありません。そのようなジュエリーを手にすると、必ずやどの婦人達も月の明けぬ内に飽きてしまうのです。そして、着けずにしまい込んでおくだけでなく、見る事さえも嫌になってしまうのが実情です。


  『スプラッシュ!』

 宝石やジュエリーには良くも悪くもストーリーが纏いついてしまいます。例えば別れた彼の思い出が愛用してきたジュエリーに纏いついているとすれば、それらのジュエリーを始末してしまいたい衝動にかられるのは当然の事でしょう。
 宝石やジュエリーは、食べ物や住まい、衣類と違って恒久的な物であります。そのためにジュエリーという物についているストーリーも恒久的なものになる。このストーリーの持続性が良くも悪くもジュエリーを特徴付けている本質です。
 ジュエリーがそのオーナーを勇気づけもすれば、消沈させもするというのは、ジュエリーに刻印されている思い出や記録のストーリーのためです。人をプラス志向に高めもすれば、マイナス志向に落ち込ませもするのがジュエリーであるのです。
 したがってジュエリーを持つということは、日常の中で実は極めて注意深く、慎重でなくてはならないことなのです。最善のストーリーで買い求め、そのストーリーを持続することが重要です。

・・・つづく。





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INSIDE -内面-

INSIDE -内面-


 ジュエリーは外見を飾る物ではありません。自分の内面的ストーリーをフォルムに託して表現している物です。さらに自分の存在のありさまや、無言の語りかけを、装っているジュエリーに代弁させているのであります。ご婦人が、時と場所とを十分にわきまえて、身につけるジュエリーに慎重になるのはこの為です。これを誤ると大恥をかく事になるからです。

 『URASHIMA』

 横柄な内面性が横柄なジュエリーの着け方となって現れ、場違いな着飾りが状況音痴のその女性の無知と無頓着さを物語ってしまうことになります。逆にしとやかで状況に的確なおしゃれは、その人の人間性のしとやかさを表現していることになるのです。

・・・つづく。





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BREATHE -呼吸-

BREATHE -呼吸-


 宝石やジュエリーが人に勇気を与え、着ける人の気持ちを高め、積極的な生き方にパワーを与えるものだとすれば、われわれはジュエリーという物に、それ相応の日常的市民権を与える必要があります。
 ジュエリーとのパワフルな出会い、買い求めたり贈ったりする事、着けたり眺めたしながら楽しみ、生涯にわたって持ち続けること、このような全ての行為の中に人間関係の豊かなストーリーが息吹いているのです。


 『URASHIMA2』

 ジュエリーは店頭のショウウィンドウから自分の持ち主を得て旅立つとき、初めて息を吹き込まれ、その持ち主とのストーリーを描きはじめます。持っているジュエリーが気分の良いストーリーを奏でている限り、それは持ち主にとってパワフルな<生き物>なのです。
 ジュエリー自体が愛されたり嫌われたりして、世のご婦人たちの感情的な対象になるのは、それがストーリーを持った<生き物>であるからです。つまり宝石は鉱物でありながら、装飾用にフォルム化されジュエリーになり、やがて特定の人の持ち物になると、呼吸する生物のごとくつける人の内面性を代弁し始めるのです。

・・・つづく。





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CASE A~C -出来事-

CASE A~C -出来事-


 Case A 50代の婦人。ご主人が癌を患っているが、最近そのご主人からダイヤのリングを買うように言われた。「いろいろな店を見てきたが、何か特別な物をつくるほうが良いような気がして」と相談に来た。予算は10万円位で、常に身に着けていられる物が良いと言う。

 『Kilima-Njaro』

 Case B 50代前半の婦人。若い頃から宝石が好きで色々楽しんできたがルビーだけ興味を失ってしまった。10年ほど前に交通事故で怪我をしたが、二度ともルビーを着けている時であった。ルビーを見るとその時の血を思い出す。ピジョンブラッドなんて残酷な呼び名を誰がつけたのでしょうか。

 Case C 35歳位の女性。ビニールの買い物袋に入れた金やプラチナの使い古されたブレスレット、ファッションリング、ピアスにネックチェーンなど両手に余るほど持って勢い良く店に入ってきた。「これ全部何かに作り替えてください。」と開口一番に言ったきり何をつくりたいのか本人にも定まらない。


・・・つづく。





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EXAMINATION A~C -考察-

EXAMINATION A~C -考察-


 ジュエリーの本質はそれが思い出や生き様をストーリー化して刻印していることです。その刻印されたストーリーがときどき口をあけて持ち主を噛み付くことがあります。
 Case Cは、別れた亭主の思い出を払拭してしまいたい女性の衝動を推測させます。人生の新しいステージを歩みだそうとする女性に、過去の思い出を背負っているジュエリーが心の重荷になってしまった事実を思わせます。
 過去の個人的な体験が単に脳裏に記憶されたり、写真や現場に残されたりする以上に、そのときに装っていたジュエリーに磁石のように体験が強くイメージ付いてしまうのはなぜでしょう。その理由は不確かですが、Case Bはそのことを如実に物語っています。
 ピジョンブラッドとして今まで自分のおしゃれを高揚させていた赤いルビーのリングが一瞬に怪我の血と合一して不快感に転じてしまうのです。これはジュエリーというものが現実に起こる人生のドラマを集約してストーリー化してしまうということです。そして単に物語化しているだけでなく、持ち主の過去のページをめくるよう想起させるのです。拡大されて映し出された画面の原版のように、片手に隠れてしまうほどのジュエリーがその人の人生の過去を良くも悪しくも映し出してしまうのです。


 『magic』

 しかしだれも負のプレッシャーの為にジュエリーを持つものではありません。人生をプラスに展開するためにジュエリーを持つのです。良い思い出が力となるように、またプラス志向の人生へと点火していくきっかけとなるようにジュエリーを買い求めたり譲ったりします。
 Case Aの婦人がどのような人生を送ってきたか察する事はできませんが、重い日常の気分と生きていることの悲哀の関係を宗教的な領域にまで昇華させていることに間違いはないでしょう。その尊厳にまで高めた関係をダイヤのリングに造形化しようとしているのです。
 ジュエリーは一般的には思い出を刻印しています。しかし個々にあっては深い愛情を記している場合もあれば、故人の全存在を意味している場合もあります。そしてそのフォルムの奥に記されている像が呼吸しているとき、そのジュエリーはパワーを発信しているのです。

・・・つづく。





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CONDITION -条件

CONDITION -条件-


 どこの宝石店の店頭にも大量に並んでいて、チラシ広告や新聞紙上やTVショッピングなどに登場しているジュエリー雑貨にしても、それ相応のストーリーを持っているだろうし、また持ち続けるでしょう。しかしそれらが生涯にわたって長くストーリーを醸造していく能力を持っているかというと、それは難しい。

 『magic2』

 雑貨としてのジュエリーは、価値のあるストーリーを発酵し続ける事に関して短命だからです。その理由は単純で、それらが周りの誰もが持っている一般的な物品であるからにすぎないからです。
 宝石とジュエリーが恒久的に存在しうるのは、他の物と違う<特異性>に依拠しています。品質、デザイン、工芸力。またこの三つの要件は、ジュエリーをファインジュエリーたらしめる条件でもあります。
 ジュエリーに内在しているこれらの要素が、それを求めるオーナーの内面的な要求と共鳴すれば、そのジュエリーはオーナーにとって最良の持ち物となるでしょう。


・・・つづく。





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QUALITY -品質-

QUALITY -品質-


 ジュエリーの品質とはなにか。通常、品質のグレードについては取引市場で歴史的に出来上がってきた評価の基準があります。真珠でいえば真円珠、無傷で照りがよく、クリームのはいらないシルバーピンクかブルーピンク、そして大きい珠ほど希少価値があり、市場の流通価格が高いというものです。
 このような評価は産出上の稀少性と社会的に出来上がっている人間の美的基準によって等級付けられてきました。ダイヤモンドも、オパールも、その他のカラーストーンも、同じです。したがって真珠の色が黄色で、球体形がくずれていれば、それに応じて値段も安くなるものです。しかしこのような一般取引上の価格の高低に規制されながらも、個人的な使用目的に見合った品質というものが求められるのです。つまり社会一般的に評価される品質と違って、ユーザーが個人的に必要とする品質、具体的な使用目的にかなった素質を備えている品質が求められています。
 人が自分にとって最もふさわしい本物のジュエリーを求めようとすれば、自分自身の財布の中身にふさわしく、しかも使用の目的にかなった物でなくてはいけません。

 『organic』

 ある婦人が大小おおきさの異なる変形真珠を持ってブローチを作りたいと思い、しかもゴールドの葉っぱの間からそれらを覗かせるデザインにして、クリーム系の真珠を使おうと考えている時、この婦人にとって最も価値ある素材の品質は、一般的な市場価値を持った高品質のものではなく、個別具体的に自分にとって必要な、自分の目的にかなった品質こそが最適で最高のものとなります。
 つまり自分にとって最適な品質素材が自分にとって最高級のものとなるのです。すでに述べたように、ジュエリーを求めるとき、求める人が予算、目的をはっきりと持っていて、店頭の価格操作に惑わされない努力を惜しまなければ、その人は自然に最も適した品質のジュエリーに導かれるはずです。
 ジュエリーに用いられている素材の品質を問題にする時、グレードと大きさと価格は果てしなく上昇していくのであるから、買い手は自分にとって最適な品質に狙いを定めることが重要です。自分にかなっている品質こそが自分にとっての最高の品質なのです。

・・・つづく。





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NUDE -裸体-

NUDE -裸体-


 ジュエリーのデザインとはなんでしょうか。宝石という素材にフォルムを与え、裸石に枠付けすることは、美しい女性の裸体に着物を着せるようなものです。その美しさを決して壊すことなく、むしろ美しさを内に秘めさせ、美のイメージを増幅するものでなければいけません。

 『パピヨン2』

 その意味でジュエリーのデザインは、内面の美しさを彷彿とさせるものがよいでしょう。ジュエリーは外面を飾るというものよりは内面を表現するものなのであります。もっと言い切ってしまえば、ジュエリーのデザインはセクシーでなければいけません。完成度の高いジュエリーは、女性の立ち居振る舞いの美しさと、その女性が持っている内面的な主張とを一体化したものとして表現されているからです。つまりジュエリーとは、女性の内面性と裸体とが凝縮して形態化した身体の延長なのであります。

・・・つづく。





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NEWBORN -産声-

NEWBORN -産声-


 ジュエリーのデザインで避けなければならない第一は、過度のエッヂ、鋭角や直線です。それらはジュエリーコンテスト向けの作品に任せておけばよいのです。身に着けるジュエリーは柔らかな線から出来上がるのが基本条件です。ジュエリーは臓器的な線と形態から創造され、産声をあげる新生児のようにしてこの世界に誕生してきます。
 ひとつのジュエリーの誕生はひとつの感動であるはずです。ダリの絵画や彫刻での描写はまさに臓器的な美と言ってもよいでしょう。臓器的な美しさは、決して鋭く砕かれた破片や、直線や、鋭角をもちません。


 『パピヨン2-2』

 人間の身体には流れがあります。そしてその流れには方向があります。その流れはどこから来るかというと、腰から始まるのです。大樹に例えれば根幹の基、根と幹が発生する基です。
 へその下の指三本ほどの所に臍下丹田という場所があります。この場所が人の気力を発生するところです。気力の流れは人の身体の線、ボディーラインが流れていく方向です。この流れにジュエリー作品のデザインの流れが合致したとき、その作品は人に似合うジュエリーとなります。
 デザイナーは指を見てその人のリングをデザインするのではなく、腰から発生するその人のエネルギーラインを読み取り、それに逆らわないデザインを描写することが重要です。

・・・つづく。





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[nou] -能-

[nou] -能-


 第二に注意すべきことは量感です。大き過ぎること、重すぎること、厚すぎることなどを避けなければいけません。ここ十年ほどの間に、海外ジュエリーが洪水のごとく日本に入ってきています。その中でも特にイタリヤやドイツなどのヨーロッパジュエリーに、日本女性にとっては重すぎたり、大きすぎたりするものが実に多い。ヨーロッパの女性と日本の女性とを同等にしてデザインするのは無謀といえます。
 日本の女性は能面に象徴されます。同じ表情で喜怒哀楽を表現し、その振舞いも性格も能の世界をとどめています。生活の形態はヨーロッパナイズしてきましたが、その振舞いや心の憩うところは畳、こたつ、着物と言ってよいでしょう。
 私は真珠の取引や金製品の買い付けのためにここ20年ほどニューヨークを訪れてきました。マディソン街などを歩いていると、肩まで付くほどのピアスをゆらしながら、大股で歩いている女性たちと何度もすれちがいます。しかし日本の女性は着物のすそ幅で歩くのが慎ましく、また体型にふさわしい歩き方のようです。


  『パピヨン2-3』

 この実態の違いを理解しないで、ヨーロピアンジュエリーをそのまま日本に輸入しても受け入れられるのは一時的にすぎません。物珍しさが過ぎれば日本の女性はおのずと日本的感性の中に落ち着いてしまうからです。私はイタリヤやドイツのデザイナー達に何度もこのことを言っていますがなかなか理解しようとしません。文化とはたやすくシフトできないものだと痛感させられます。
 実際、日本女性のおしゃれ文化は、ほとんどヨーロッパを志向して育ってきましたし、現在も欧米のファッショントレンドに影響されています。日本の服飾デザイナー達の多くがヨーロッパやニューヨークを根城に活動しています。日本のジュエリーデザインもヨーロッパのブランドジュエリーのコピーかアレンジのもので溢れているのが現状です。そしてヨーロッパジュエリーのほとんどは日本の女性の体型や動き、感性に合うようにアレンジするか縮小コピーをしなければとても馴染まないものです。実際に日本の文化を享受しているデザイナーが、日本の<場>の感覚にふさわしいデザインをしてはじめて日本女性の感性に合うジュエリーに到着するのです。

・・・つづく。





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UNSPECIFIED -不特定-

UNSPECIFIED -不特定-


 “特別にデザインされたジュエリー”には二種類あります。その一つには、宝飾メーカーやデザイナーが独自に企画してペーパーデザインを描き、未知の顧客に向けてメーカー側の都合とデザイナーの趣向で出来上がる場合。つまり持ち主が未知で誰がどのように着けて使用するか不明のまま制作にとりかかる場合です。
 デザイナーが販売企画の要請をうけてか、あるいは自分の自由な発想からか、いずれにせよデザイナーのイメージしたジュエリーを造形化していく過程には、それを使用するであろう抽象的な女性像があるだけです。この場合、デザイナーの手元に特定の宝石素材があって、それらを使って作るにせよ、後から宝石素材を調達するにせよ、デザイナーの頭の中には特定のエンドユーザーは全く想定されていません。つまり店頭のショウケースに並んで買い主を待っているすべてのジュエリーと、デザイナーや工芸作家の創作展のほとんどの作品が不特定な買い主の為に作られたものです。これらのジュエリーを買い求める人はジュエリーに自分を合わせる他にありません。

  『パピヨン』

 このようなジュエリーを“特別にデザインされたジュエリー”として展示されていたとしても、その特別という意味は、特別な素材を使用しているか、特別企画の商品という意味か、あるいは特に有名なデザイナーによって作られているという程度の意味です。ゆえに、買い手は自分の好みや感性をこのような出来合いの対象物に合わせることとなります。

・・・つづく





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STAGEHAND -裏方-

STAGEHAND -裏方-


 二種類の“特別にデザインされたジュエリー”のうちもう一方は、ユーザーやオーナーが自分のジュエリーを制作するためにデザインをおこす場合です。
 自らがデザインのイメージ画を描いたり、自分の主張をデザインに取り入れるように依頼するこのケースでは、デザインの明確なポリシーはそれを依頼するユーザーやオーナーにあります。そしてデザイナーや制作者はアシスタントであり、舞台の裏方でなければなりません。主役はそのジュエリーの依頼主です。


  『ピンキー』

 オリジナルなジュエリーを注文するにせよ、手持ちのジュエリーをリフォームするにせよ、ジュエリーを自分のほうに引き寄せて、自分にあわせる事が出来るのはこの方法だけす。自分の嗜好や感性をジュエリーにあわせたり、妥協するのではなく、自分の感性にあったジュエリーを創り出すのです。そしてこの方法ではじめて人は主体的なジュエリーの求め方に到達することになります。

・・・つづく





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SYMPATHIZE -共鳴-

SYMPATHIZE -共鳴-


 すでに出来上がっているジュエリーに自分の感性を適応させるにせよ、自分の感性でジュエリーを創り出すにせよ、買い手にとって肝心なのはそのジュエリーが自分の内面性と共鳴することです。つまりそのジュエリーが自分の嗜好と一致すること。自分の主張を代弁し、生き方をシンボライズするものであるべきです。

  『リーフ』

 求めようとするジュエリーのデザインを、他の誰かが見て好きとか嫌いとかの問題ではありません。また他人が勧めたとか勧めなかったということでもありません。自分自身の存在の表現として選び出すか、創り上げることが、自分にとって本物のジュエリーを持つことになるのです。
 恒久的に親しむファインジュエリーに出会うためには妥協しないという気構えと、頑ななほどのこだわりが必要です。自分自身のジュエリーを持とうとするときに、そのデザインがいかに自分の内面的な共感を引き出してくれるかを検証することが、ジュエリー選びの要となります。

・・・つづく





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CRAFT -技術-

CRAFT -技術-


 品質、デザインのほかに自分にとって本物のジュエリーを手にするための指針となるのが、制作上の工芸力です。宝飾工芸とは鉱物である宝石に人間の呼吸をいれることです。
 繰り返し明瞭にしておきますが、宝石とジュエリーとは、別の概念です。どれほど美しくカットされた宝石でも、それは手の上に乗せて眺める以外にない裸石(ルースストーン)です。人が身に着けようとするなら、その状態では使用できません。そこで職人が台や枠を造ることとなります。そして職人の技術が加えられて初めて宝石はジュエリーになります。この職人のことを錺(かざり)職人といいます。
 錺職人の制作上の姿勢はどこにあるかというと、それは実際に使用するお客様の呼吸にあう作品を創り出すことです。原石をカットしたり研磨する職人と違って、錺職人は人の身体や服地の上に装う為の加工をします。したがって錺職人にとっては、使用する人物像が具体的であればあるほど創り出す作品のイメージが具体的で個別のものとなります。すぐれたジュエリーを創り出すためには、デザイナーや錺職人が実際に使用するユーザーから遊離しないことが求められます。


  『ripple』

 作られたジュエリーがそれを着けて使用する人の身体に馴染み、その人の雰囲気にあうか否かは、制作者の技術にかかっています。人の身体には直線や角、平面がありません。この柔らかな身体に宝石という鉱物を違和感なく馴染ませ、装着させることは至難のわざであります。しかも着ける人自身の内的趣向の延長として創り上げるためには、着ける人のキャラクターを制作者ができるだけ理解していることが肝心となってきます。
 しかし制作者はオーダージュエリーを除いて、このように具体的な特定人のジュエリーを常に作るわけではありません。通常、不特定な一般的で抽象的な女性像を対象にしてジュエリーはつくられます。錺職人は、実際にジュエリーを着ける女性がどのようなキャラクターの人であれ、創り出すジュエリーを人の身体に馴染むように仕立てます。馴染むためには人の身体がそれを異物と感じないようにつくる必要があります。装着したときにしっくりと落ち着き、着ける人の雰囲気にぴったりあうジュエリーを見極める為に、いくつかの検証点をあげてみましょう。

・・・つづく





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RING -リング-

RING -リング-


 指輪の制作に関して重要なキーポイントの一つは、人の肌に当たる部分、つまり指輪であればその裏側の処理をいかに配慮して制作するかということです。この接点の処理を誤ると身体と指輪の金属部との馴染みが生じず、異物を着けている感じが否めません。
 指輪と指との呼吸が通いだすためには、指輪の裏側の地金部分に適度な厚み、幅、膨らみを与え、そこを十分に研磨処理することです。5年、10年と技術を磨いた職人のつくり上げる作品の着け具合は、大量生産方式で仕上げた手抜き品とはまったく異なるものです。
 水道管を輪切りにして切り口を研磨処理したにすぎないマリッジリングと、指の肌に当たる指輪の裏側部分を、やや甲丸状の緩やかなはらみを持たせ、十分に磨き上げたマリッジリングとの違いは、はっきりしています。消費者が自分に馴染む指輪を選び出すときの最初の検証点は指輪の裏側部分の加工技術が適切か否かということです。
 検証点の第2は、求めようとする指輪を着けたときに、その隣の指に張り出しすぎて違和感を感じさせないか、という点です。薬指に着けたときに両側の小指と中指に触れる感触が強すぎる指輪がじつに多い。この感触の具合は人によってまちまちですが、デザイナーや職人は大きな石や真珠を使って指輪を制作する場合、特にこの点に十分な配慮を必要とします。買い手も自分の求めようとする指輪が、それを着ける指だけでなく、その両サイドの指を含めた3本に馴染むかどうか検証すべきです。

  『SATORI』

 検証点の第3は、あらかじめどの指に着ける指輪を制作しようとしているのか明確に決めなければならないことです。すべての指は各々そのプロポーションが異なっています。長さ、膨らみ具合、指先の流れや方向、間接の動きやしわの付き方など、数え切れないほどの表情がそれぞれの指にあります。身体の中で指ほどその人の生きてきた歴史を刻んでいるところは他に無いといっていいでしょう。
 手は第2の頭脳と言われていますが、同様に指は第2の顔というにふさわしい程の表情をもっています。これほど豊かな表情を持っている指ですから、どの指にも万能な指輪をつくるのは理にかなったことではありません。
 今では親指を除いてどの指にも指輪を着けます。したがって小指には小指の流れにふさわしい指輪が必要です。薬指、中指、人差し指のそれぞれの表情にあった指輪の流れや大きさ、重心の置き所が必要といえます。
 ある特定の指に着ける場合、その指の水かき部分が最も影響します。人差し指と中指、中指と薬指、薬指と小指の間に介添えしている水かきは一律で平行ではありません。中指と薬指の水かきを基準と見れば、薬指と小指の水かきは一段下がっているのが通常です。人によって違いはあるにしても、水かきの並びが一律でないことは確かです。
 実はこの水かきの部分に指輪はおさまるのであり、指におさまっているわけではありません。指の付け根の水かきにおさまっているとき指輪はもっとも指に馴染むのです。指輪の制作にあたって肝心なのは水かきに馴染ませるようにつくることです。薬指に着ける指輪をつくるときは、薬指の両側にまたがる水かきを考慮する必要があります。
 左の耳の流れに合わせた左用のイヤリングを右の耳に着けたとしたら、左の靴を右に履くようなものです。同じように左手の薬指用に制作した指輪を右手の薬指に着けたほうがぴったりだったというようでは、職人の常識が疑われます。指輪を買い求めるとき、買い手はどの指に着けたいかを明確にして指輪を選び、また注文すべきです。また買い手は指に着けた指輪が自分に馴染むかどうかを、水かきへのおさまりで判断することができます。

・・・つづく





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ADJUST -馴染む-

ADJUST -馴染む-


 ペーパーデザインに沿ってジュエリーを制作する際、そのジュエリーに息を入れるのは職人の工芸力です。指輪の腕にうねりを持たせたり、絞り込んで変化を与えて、人の感触や視覚に生きたぬくもりを与える指輪を作り出すために、職人は人の身体や指の表情を具体的に受け止めて、その延長の上に作品を創り出していきます。

  『SATORI2』

 
職人は芸術家である必要はないが芸術性を必要とします。しかし逆にこう言うべきでしょう。ジュエリーは芸術的であって良いが、芸術品であってはならないと。ジュエリーは見て楽しむものではなく、身に着けて楽しむものです。宝飾工芸とはいかに人の身体に馴染むジュエリーを創るかという技術であります。

・・・つづく





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